青年と少女が出会う数時間前。
青年は部屋の前に立っていた。
どこか迷っているようで、先ほどから何度もインターフォンを押そうと試みて、何度もためらって現在にいたる。
はあ、と溜息をこぼすと、青年はそこに座り込んでしまった。
肩にかけていたスポーツバッグも地面についてしまう。でも、下はカーペットを敷いてあるので傷つく心配はない。
覚悟を決めたように、青年は立ち上がり、思い切ってインターフォンを押す。
ピンポーン……。
一分、と待っても誰も出る気配がない。そこからもう一度押して一分待つが、中で動く気配すらない。
つまり、居留守でもなく本当の留守ということだ。
(こんなことになるなんてなあ……)
驚かせようと連絡を入れなかったのがまずかった。
しかし、後悔してももう遅い。今はこの現実に立ち向かうべきなのである。
結局、青年は今いるマンションの一室の前で待ち続けるよりも、他の場所で時間を潰すというほうを選んだ。
青年は右も左もわからない街で、ぶらぶらと彷徨うことになる。
三時間後、先ほどのマンションの一室の主が帰ってきたことを、青年は知る由もなく、喫茶店でコーヒーを啜りながら、ノートパソコンを開いていた。
隣の椅子には大きめのスポーツバッグが置かれている。
他の荷物は既に新しく住むホテルに届けてもらった。まだチェックインしていないが、大丈夫だろうなどと楽観していた。
この青年にしては珍しいことかもしれない。
「……そういや、あっち今、夜中なんだよな」
メールを送って、返事を待っていたが、無駄だと悟った。
「……こっちに来てから、なんかついてないな。調子が出ないっていうか、知っているやつがそばにいないからか」
もう一口コーヒーを含んでから考え直す。自分は今、誰よりも知っている人物のそばまでやってきたのだ。
緊張しているのかもしれない。だから普段どおりになれないのかもしれない。
ピピッ。
パソコンから電子音がする。急いで確認すると、メールが届いていた。
「……あのやろ、さっさと寝ろよ」
悪態をついているが、顔はほころんでいた。
「……ビンゴ、よくわかてるな」
さすが、自分のことをよくわかってる。
メールの送り主は、さっさと行け。どうせ迷子か留守だったんだろ?
と、いってくれる。
そうだな、とリュートはアレフに、余計なお世話だ、と返すとノートパソコンから携帯電話を取り外した。
コーヒーの残りを一気に飲み干すと、勘定を済ませて喫茶店をあとにした。
リュートが部屋を訪れる1時間前。
ある学校ではたった今授業が終わったところだ。
その教室のひとつでは、生徒が帰り支度を整えて、ほとんどが帰っていた。
「ねえ、今日どっか寄ってこうよ?」
「今日は、ちょっとごめんね」
誘われた少女はすまなそうに微笑む。でも、誘う少女は強引に腕を掴んで、
「いいからいいから」
と、引っぱっていく。
「ちょ、ちょっと。待って、ね」
「今日はシーラの誕生日でしょ?だからみんなで祝ってあげたいのよ」
「それは、うれしいんだけど……」
「なら、いいわよね?じゃ、いこっ」
と、本人の意思確認もそこそこに、少女はシーラの手を引いて進んでいく。
「待って、ね」
「だーめ。みんなだって待ってるんだから。それとも、誰かと約束があるとか?」
「え?……約束はないけど」
「だったらいいじゃない。ほら、こっちに来てからはじめての誕生日なんだよ。だからみんなも祝ってあげたいのよ」
ここまで言われては、シーラは断る理由もなかった。
でも、嫌でもなかった。こうして友達が自分の誕生日を祝ってくれる。それが本当に嬉しかった。
「わかったわ。ところで、どこに行くの?」
校門を出たところで訪ねると、マミは、
「へへ、ヒミツ☆」
「そんなこといわないで教えてほしいわ」
「だっていちゃったらつまんないじゃない。着いてからのお楽しみ」
「もう」
この強引さはシーラは嫌いではなかった。寧ろ、好きなのかもしれない。
マミはこっちに来てからの最初の友達だった。たまたま席が隣だったこともあったが、大人しい部類に入るシーラを、ぐいぐいと引っぱってくれる活力があった。
そこが、あっちにいる友達の一人に似ていたからかもしれない。
それに、外見もどことなく似ている。瞳の色と、ショートカットというところとか。
「あら?」
「どうしたの、シーラ」
シーラは視界の隅に一瞬だけ入った人影に目を奪われたが、次の瞬間には消えていた。おそらく他の道に入ってしまったのだろう。
その人物は、よく知っている人物だった。でも、ここにいるはずもなかった。
「……ううん、なんでもない。きっと見間違えだから」
「見間違えって、誰か知ってる人でもいたの?」
「そんなところ……かな」
「わかったわ。きっと彼氏なんでしょ?もう、シーラがよく話してくれた」
「あの、その、そんなんんじゃわいわよ」
「もう、そんなこといちゃって。言わなくてもわかっちゃうのよ」
頬を赤く染めるシーラを尻目に、マミはからかうようにいう。
「違うったら。マミちゃんもひどいわ」
「まあまあ、そんなに怒らないでよ。でも、そんな身間違えをするなんて、よっぽど会いたいのね」
「……うん」
聞き取るのがやっとという感じの声だった。
でもね、とマミは今までよりも強くシーラの手を握ってひっぱって行く。
「今は忘れてわたしたちと楽しんでね」
「わかってるわよ。もう、マミちゃんったら」
シーラが微笑むと、マミは満面の笑みを浮かべた。
「……終わったはずなんだけどな。もしかして、まだなんかあるのかも」
リュートは校門にすがっていたが、体重を預けることをやめると、歩き出した。
もしかしたら自分が来る前に帰ってしまったかも知れないと思ったからだ。
なら、部屋に行ってみよう。住所はすでにわかっているのだ。
しかし、住所はわかっていても、場所がどこかはわからない。迷うかもしれないが、ここで待っているよりはマシだろうと判断した。
「だとしたら、行くか」
よっ、とスポーツバッグを肩にかけなおすと、リュートは歩き出した。
少しゆったりとした歩幅で歩いていると、どこから聞いたような声が。
「ここまで……重傷かな?」
苦笑する。まさか、自分がここまで弱い人間だと思わなかった。
一年にも満たない時間会わないだけで、ここまで弱くなっているのかと思うと、先が思いやられた。
でも、それは恥じることではなかった。それだけ自分にとって必要な人ということでもあるのだから。
「……でね、クラスのリュス君、どうしようか迷ってるんだって」
誰かに酷似している声色。後ろから聞こえてくるが、誰かがわからない。すごくよく知っているはずなのだが。
しかし、次の声は……。
「そうなの。でも、そういうのってちょっと……」
……シーラ?
思うよりも先に体が反転していた。
でも、その視界には誰もいなかった。
「……話したら笑われるだろうな」
あっちにいる湯人達に、今の自分のことを話したら笑い飛ばされてしまう。特にパティとアレフは遠慮なく。そこにクリスがフォローに入って、で、アルベルトが俺にけんかを売るようなことをいって……。
どこまでも想像の連鎖が広がってしまう。
いないとよくわかる友達の暖かさ、大切さ。
今は、行くしかない。そのためにここまで来たのだから。
しかし、リュートは部屋の住人が帰っているという予測が間違っているということを知らなかった。
「楽しかった〜」
「本当ね。今日はありがとう」
笑みを浮かべてシーラが言うと、マミはいいっていいって、と手を振った。
「強引に誘っちゃったもんね。でも、きてよかったでしょ?」
「うん」
シーラは先ほどのことを思い出した。
マミに連れられていった場所はカラオケだった。
すでに数名の友達が待っていてくれた。
主役であるシーラが登場すると、一斉にクラッカーが炸裂する。
一瞬何事かと思ったが、すぐにそれが自分に向けられたクラッカーだとシーラは知った。
そして、部屋の照明を明るくして、テーブルの真ん中にあるバースデーケーキのろうそくをシーラは思い切って吹き消した。
みんなが拍手する。
そこへムードメーカのマミがハッピーバースデー トゥ ユーと唄うと、みんなも一斉に歌いだした。
シーラはすごく嬉しかった。みんなに祝われて。
で、最初はシーラから、というリクエストのもと、シーラは十八番の「いつの日も」を歌って大盛況。そのままのりのいい歌をミカが歌うと、次から次へとみんなが歌う。
後半になると、得点制になるが、マミが97点という高得点を出した。もうシーラが主役だということを忘れて本気で熱唱したのだ。
それに対抗してシーラも熱唱するが95点。一歩及ばなかった。
「マミ〜、今日はシーラの誕生日会なんだぜ。忘れんなよ」
「あ、ごっめ〜ん、シーラ」
と、ミカがいうとみんなは一斉に笑い出した。
「もう、マミったら」
「しょうがねーなあ」
「ふふ、いいのよ別に。わたしもマミちゃんが本気で歌ってくれたから、久しぶりに気持ち良く歌えたから」
「ほら、シーラもこういってるでしょ。だからわたしが正しかったのよ」
「結果オーライじゃねーか」
「うるさいわね。シーラも助けてぇ」
「え、ええ?」
きゅうにふられてシーラは戸惑ってしまった。
「シーラちゃんもマミに加担することはないわよ」
「あ、ひっど〜い。それでも友達なの〜」
「私は心が広いから」
と、友達の一人が言うと、また場が一斉にわいた。
思い出すだけで笑みがこぼれてしまう。
そんな感じで、とても楽しかったのだ。
「じゃあ、私はこっちだから、また明日ね」
「うん。ばいばい」
マミは手をふって十字交差点の右へ後ろを振り返りながら行った。
一人になったシーラも、少々危ないと思って自然と早足になる。
「こういうとき、いてくれたら……」
などと、思っていたことが口からこぼれてしまった。
もう一度、リュートはマンションに訪れていた。
10階建ての7階。エレベーターがなかったら女の子にはきつい建物だ。
息を整えてインターフォンを押すと今度は、はーい、という声がした。
(いた……)
リュートは喜びで胸がいっぱいになった。
そして、ポケットから三角錐の物体を取り出す。
ここのマンションはオートロックで、シーラも少し油断していたのだろう。リュートが誰かも確認せずに、ドアを開けた。
パーンッ
「ハッピーバースデー、シーラ」
シーラは頭にクラッカーから飛び出したものが乗っていて少しまぬけな感じだ。
でも、目の前にいる人物をみて、きょとんとした顔をしている。
そして、3秒くらい経った頃、
「……リュート、君……?」
かすれそうな小さな声。
「本人だよ。こんな偽者がいたら怖いって」
に、と笑うと、シーラはリュートの胸に思い切り飛び込んだ。
「……会いたかったわ」
「……俺もだよ」
二人は、そのまま再会の感動の余韻に浸っていた……。
「というものを作ったんだ」
と、リュートは喋る。
「そうなの。大変だったんだね」
隣に座っているシーラが答える。
リュートが持ってきた、文化祭で上映したドラマのテープを今まで見ていたのだ。
「そうでもないよ。みんな、協力的だったから」
いってからリュートは小さく苦笑する。
あの撮影が協力的になるはずがない。シーラもそのくらいはわかっていたので、同じように苦笑する。
「よく、みんなが納得したと思うわ」
「それはアスが交渉してたし、みんなで決めたルールもあったから、大丈夫」
あの光景を思い出してリュートは笑った。
「リュート君の出番って、少ないのね。どうしてかしら?」
「それは、俺がカメラやってたから。さすがに協力してくれたやつになぐられてもらうわけにはいかなかったし」
と、リュートは作品中でアルベルトに殴られた頬を撫でる。
その上に、シーラの手が重なった。
「痛かったんでしょう?」
「もちろん。あのやろう、思いっきりなぐりやがったから。ま、リアリティ抜群だったろ。なにせほんとに殴ってんだから」
「うそ?」
「ほんと。本格的なものをつくりたかったから、しかたなかったけど」
シーラは少し心配そうな目をしているので、リュートは慌てていった。
「心配するなって。別に危険なことは他になかったんだから。アスがそんな真似を考えるはずないだろ。シーラだってよく知ってるじゃん」
「そうだけど……」
シーラは少しうつむいたまま、黙っていた。
「ほんとはシーラにもっと早く見せようと思ったんだけど、俺がこっちに行くことがバレて、直接渡してこいってみんなが押し付けたんだ」
「そうなの」
リュートはちょっと考え込むと、胸ポケットから小さな細長い包みを取り出した。
「これが、俺からのプレゼント。さっきはみんなから預かったプレゼントしか渡さなくて不思議かと思ったんじゃない?」
「うん。ちょっと、悲しかったわ」
リュートが持ってきたスポーツバッグの中身のほとんどが、みんなから預かったシーラへのプレゼントだったのだ。
「だから、ずらして渡そうと思ったんだ。そのほうが印象残るかと思って」
「まあ」
シーラは差し出された包みを受け取ると、どうもありがとう、と瞳をうるませていった。
「ちょっと、開けてみて。俺が選んだから、変かもしれないけど……」
「そんなことないわ」
と、ゆっくり丁寧に包みを開けると、ケースが出てきた。ケースを開くと、中にはネックレスが入っていた。
細いプラチナの鎖に小さなクラウンがついている。
リュートは優しく微笑むと、シーラにちょっと立って、と促した。
シーラは、リュートに従って立つと、リュートも立った。
「つけてやるよ。貸して」
「うん」
シーラはネックレスをリュートに渡すと、リュートは前から手を後ろに回した。
カチッ、と音がして、リュートの腕が下げられる。
シーラの胸元で、クラウンが輝いている。
「かわいい。ありがとう」
「どういたしまして。気に入ってもらえてよかった〜。もし、ダサい、とか言われたらどうしようもなかったぜ」
「そんなこと、わるわけないわ。だってリュート君がくれるものなんだから」
シーラはにっこりと微笑んだ。
とてもまぶしい笑みに、リュートはそっと目を細めた。自分が贈ったものが想像していたよりも似合っていて、嬉しい。
「……なあ、シーラ。まだプレゼント……っていっていいかわからないけど、あるんだ」
「なにかしら?」
「俺、今年いっぱいまでこっちに住むことにしたんだ」
シーラは、ちょっとの間呆けていた。
でもすぐに情報を整理することが出来た。
「え、学校は?」
「休学届出してきた。それに、授業もだいぶいい成績取ってるから大丈夫だしね。バーシア先生を納得させるのは苦労したけど。それに、住むところも大丈夫。ここに置いてとかいわないよ。そのためにずっと金を溜めてたから」
リュートは笑うと、シーラは会った時と同じようにリュートに抱きついた。
「……嬉しい」
「迷惑だとか言われなくてよかった……」
シーラの髪を優しく撫でた。
光沢のあるきめ細かい黒髪が指の間をすり抜けて心地良かった。
そして、急に倒れこんでしまってシーラを押し倒す形になった。
「リュ、リュート君!?」
「……ごめん。時差ぼけとかで無茶苦茶疲れてるんだ。ちょっと、寝かせて」
リュートはそのまま安らかな寝息を立てている。
シーラは、困ったようで幸せな笑顔を浮かべた。そして、足を整えてリュートに膝枕してやる。
互いの体温が心地良かった……。
「おやすみなさい……」
大きな子供のようなリュートの横顔を、シーラは優しく撫でた……。
<FIN>
どうも、ここまで読んでいただき真にありがとうございます。
想像以上に長くなりまして、一時はどうしようかと思いましたが、ここで完成いたしました。(笑)
私の中では、読みきりで一番長い作品になったと思います。
そして、詠まれましたとおり、この作品はシーラ様の誕生日を祝うためだけに作成したSSです。
しかし、私の入院のせいで、完成が大幅に遅れてしまいました。しかも、シーラ様の誕生日(11月25日)は病院のベッドにおりましたし……。
でも、ここでようやく完成しました。
もし入院がありませんでしたら、間に合っていましたことでしょう。(言い訳)
そして、作品中の作品「絡み合う事件」はキャラクターに色々と演じてもらいましたので、本来のキャラクターとは別人のようになっております場合がございます。
そこのところはご容赦ください。(汗)
そして、トリックや暗号などですが、私のオリジナルではありません。ある作品からそのまま使用させていただきました。
ですから、どこかで見たことがあるかもしれませんが、黙っていて下さい。お願いします。(爆)
では最後に、シーラ様、お誕生日おめでとうございます。