「はぁ?」
いきなりのことに思わず間の抜けた返答になったしまった。
返答の主は二十歳くらいの成年で、ベッドに横になって参考書を開いていた。顔立ちはそこそこ整っているのだが、今は少々面白い表情をしている。服装も秋もこれから深まるというのにTシャツにハーフパンツという格好だ。住んでいる部屋が冷暖房完備のため寒さは感じないが、見ているものは何か寒いものを感じてしまう。
「そうです。面白いと思いません?」
笑顔を浮かべて青年のほうを向いているのは小柄な人だった。外見はポニーテイルとその身長の低さから女の子と間違えるが、確か男だったはずだ。確証がないのはその外見と、確認したことがないからだ。
流石に確認するのは失礼だろうし、抽象的な服装は似合っているのでとやかく言うことはない。本人が自分で選んでいるのであって、強制的なものではないのだから。
その少女らしき少年はベッドの向かいにあるテーブルに座って企画書のようなものを作成していた。
成年はお得意のパソコンでやればいいのにと思っているが、少年は手書きで作りたいと言って汚い字を一生懸命丁寧に書いている。でも、その機械でない整っていない字は温かみを感じる。だから少年は手書きにこだわっているのだろうと勝手に結論付けた。
「でもな、オレはともかく他のヤツらが参加してくれるか?もう時間があんまないんだぞ」
自分は命令なら何でもするから仕方がないとしても、他のヤツは関係ない。いや、アレフあたりは自分と同じかもしれない。青年の頭の中にはそんなことがどんどん広がっている。
「そこのところは大丈夫ですよ。皆さんで一度に撮るのではなく、部分部分でつなげればいいのですから。そのため分担して同時進行できますからね」
にこっと魅力的な笑みを浮かべる。こんな笑顔を見せられては、信じる以外に何が出来るというのだろう。少年が笑みを浮かべるとき、何も失敗したことはないのだ。大変なことはあるとしても。だから、今回も大丈夫なのだろう。
「でも、問題といえばキャスティングなんですよね。まだ内容もキャスティングによって変わってしまいますから」
「ちょ、ちょっと待て」
成年はいきなり身をベッドから起こした。
少年はさらっととんでもないことを言ってくれる。ストーリーが明確に決まっていないのに作成に取り掛かろうというのか?無謀にもほどがある。
「何ですか、リュートさん」
「ストーリーが決まっていないのにキャスティングも何もないだろ?」
「ですけれど、キャスティングが決まらないとストーリーは決められないんですよ。その人の魅力を引き出すないようにしたいですから。それに、喜劇も悲劇も演義次第なんですよ」
リュートと呼ばれた青年は反論できなかった。正論の一つである。この少年に口論で勝てたことは今までに一度もない。そしてその敗北の歴史に新たな1ページが刻まれてしまった。でも、別に嫌なことではないのだから気にすることでもない。
でも、一度くらいは勝ってみたいとも思っている。一緒に住み始めてからしばらくしてそう思い始めているのも事実だった。
「それじゃ、明日学校で他の人を誘ってみましょう。誰でもいいですから、よろしくお願いしますね」
「ああ、わかった」
ぽすっとまたベッドに倒れて誰にしようかと迷ってしまう。アスはとりあえず同じ中等部の生徒を中心に誘うだろうから、自分は大学部と高等部かとぼんやりと明日のことを思い浮かべる。
誰がいいのだろうか?ストーリーもアスの頭の中にあるのだから、どうやって説明すればいいのだろう。一緒にやってくれという感じでついてきてくれるだろうか?
しかし、そんな不安もやってみなくてはわからないという結論に落ち着いた。どうせなるようにしかならないのだから。
「リュートさん、すみませんね、突然こんなことを言いまして」
「気にすんな。どうせやることもなかったし、社長命令なら断れないしね」
苦笑というものではないが、それに似た笑みが口元を彩る。それにアスはすまなさそうにしているのが目に入ると、すぐに訂正を加える。
「あ、違うって。別に命令だから聞くわけじゃないって。アスだから聞いてやるんだよ。いっつも世話になってるし」
「ありがとうございます」
ぺこっとアスは頭を下げる。相変わらずこういうところは他人行儀だと感心する反面あきれてしまった。一体どのくらい一緒の時間を共有しているのだろうかと疑ってしまいたくなる。
アスは頭を下げると、もう少し頑張りますからと奥のあてがわれた部屋にいってしまった。リュートは無茶すんなよと声をかけると、
「はい。ではおやすみなさい」
とアスは挨拶をしてくれた。
ベッドに横になっていたリュートは、何時しか意識が遠のいていた。寝る寸前の敏感になった聴覚が捉えていたのは、アスがペンを走らせている音だった。
「ふぅ…全く、僕も面白いことを考えるな。やっぱり、影響されつつあるのかな?」
答えるものは何もない。アスにもそんなことはわかっている。でも、理解したくはない。自分という存在は不変なのだから。
そんなことを考えるくらいなのだから変ってしまったのだろうと苦笑する。全く、現在の自分の存在を以前の自分が知るなら、他の結果になったのだろうか?
予測することを当たり前のように未来を映し出す自分でも、わからない。何故なら、今は普通より少しだけ凄い人間という入れ物に入っているにすぎないのだから。
「でも…誰が主役をやってくれるんだろう?」
不安が少しだけ期待とともに胸中を駆け巡る。
「誰でもいいですね。その人が最高を見せてくれるなら、僕はその手助けをするだけです」
やはり変った。自分と同じ存在が知ったら、どんなものを見せてくれるだろう。しかし、会うのは一生でもおそらく一度だけ。それは自分か世界がいなくなることを意味する。
「っくしゅん。やっぱり、トーヤさんのところに行ったほうがよかったかなぁ」
と、今日学校の保険医のところに行かなかったことを少しだけ後悔した。
「………というわけで、どう?」
リュートは手を前で組んで、机に座って周りに話し掛けた。
先ほど、アスから聞かされたことを掻い摘んで話したのだ。リュートも詳しいことは知らないから、自分がわかっている範囲でのみ。
リュートの前には同じ大学部のアレフ、パティ、ルー、ルシード、フローネ、メルフィ。それに高等部のクリス、ルーティ、ディアーナ、ビセット、トリーシャ、シェリルがいた。
このメンバーは今学食にいる。リュートが休み時間の間に教室を行ったり来たりして、ここに集まって欲しいと頼んだのだ。皆はそれぞれ断る理由もなかったので、ここにいるわけなのである。
リュート以外のメンバーは、それぞれ考え込むように、黙っている。
「でさ、お前は俺達にどうしてほしいんだ?」
最初に口を開いたのはルシードだった。リーダーシップに優れているというのか、こういうとき真っ先に行動するタイプである。
「だから、一緒に手伝って欲しいんだよ」
「でも、今からで間に合うの?もう時間も少ないわよ」
パティのこの一言が一番問題だったのだ。時間は逆行してはくれない。残り日数も少なくなり、学校はある行事のためにいそいそと、それでいてにぎやかな雰囲気へとなっている。
「そこのところは大丈夫。あ、オレが言ってるんじゃなくて、アスがそういってるから心配ないって」
リュートは断言するような口調で説明した。アスとはそういうやつなのだ。言ったことは必ず実現させてしまう。だからこそ、アスの言うことは絶対となっている。
「ですが、今からでは準備もありますし、練習する時間も…」
「もうシェリルったら。そういうことはやってみないとわかんないじゃない」
親友のトリーシャがめがねが似合う読書が大好きなシェリルをたしなめる。トリーシャはこういうことは大好きだった。今回も乗り気である。しかも、乗り気なのはトリーシャだけではない。
「おもしろそーじゃん。ね、やってみようよ。ルシードもさ、そんな難しく考えないでやってみよーよ」
「そうだよね」
「別に反対してないだろ。勝手に決め付けんな」
「まあまあ、センパイ。でも、ビセット君が言うようにやてみなません?」
「フローネ、お前まで…」
元気一杯に話すビセット。それに続くルーティ。更にはフローネまで乗り気があるようだ。最初から反対はしていないが、いまいち乗って来ないルシードも、ここまで言われればやるしかない。
「………」
「で、占いの結果はどうなんだい?」
一人黙々とタロットカードを並べているルーの手が止まったので、アレフが結果を聞いてみた。ルーは占いで行動を決める癖があるため、占いの結果次第ではどんなことでもやらないという面白い一面がある。
「…よかろう。それで、何時から始めるつもりなんだ?」
結果は良いほうだったらしい。
「今日からが望ましいでしょうけど、まだ台詞とか覚えないといけないから明日からでしょう」
この中で一番知的なメルフィが事務的の口調。
「そうですね。リュートさん、台本は出来てるんですか?」
「う〜ん…多分」
クリスの問いに曖昧にしか答えることが出来ない。そういうのはアス本人しか知らなくて、今日もどうなったか聞くのを忘れていた。
「多分ってどういうことだい?」
「実は、オレもさっき話したと思うけど内容知らないんだ。アスが頑張ってやってたみたいだけど」
少々つっかかる感じだったエルだったが、リュートの少々いい加減な説明を忘れたわけではないらしく、怒りはしなかった。でも、どこか不満げではあった。
「アスさんも大変ですね。リュートさんは手伝わないんですか?」
ディアーナが純粋な疑問をぶつける。これにはリュートも少々効いた。しかし、それだけで沈めるには至らない。確かに手伝えればそれが一番なのだが、アスが自分でやるといって手伝いを断られた旨を話と、皆も納得してくれた。
「それで、みんなやってくれるか?」
今までの流れからしてわかっていたが、全員の意見は一致していた。
「でもさ、リュート。主役は勿論オレだろ?」
「そうかもしれんな。だとしたらヒロインはパティか?」
「よしてくれよ。ここは正統派にフローネちゃんだろ」
いきなりリュートとアレフの会話に自分の名前が出てきてきょとんとした顔をしたが、一瞬だった。次に驚いたような顔になる。でも、二人は気づかないように続ける。
「そうか。確かにそうだよな。でも、トリーシャでもよくない?」
「え、ホントに?」
トリーシャの嬉しそうな声で会話は止まってしまった。それぞれの隣から強制終了が入ってしまったのだ。
「いい加減にしなさい!」
「好き勝手にいってんじゃねーよ」
アレフにはお馴染みのパティのコブシが、リュートにはルシードのコブシがそれぞれ決まっている。どちらも本気ではなかったので気絶することはなかったが、きちんと急所を狙っていた。
二人ともうずくまるようにその場に座り込んで、体を小さく震わせている。
「セ、センパイ。ちょっとやりすぎじゃ…」
「いいんだよ。このくらいやんねえと止まんないだろうからな」
「パティも相変わらずだねえ。あきないかい?」
「ほっといってよ」
「二人とも大丈夫ですか?何なら、保健室まで連れて行きましょうか?」
ディアーナの天使のような申し出に、二人は手を上げて制止した。ダメージはあるものの、それほど酷いものでもない。むしろ今日は保健医のトーヤが出張でいないので、ディアーナの手当てとなってしまう。これが制止した一番の理由だ。
二人ともすまないと思うが、人間正直でなければ悪化することもあるとの判断からだった。
「そうですか」
すこし残念そうなディアーナ。
「アレフ君もいっつもそうやってパティさんに迷惑をかけるから。もうちょっと素直になったほうがいいよ」
「…お前に言われたくない。そんなことは女性に慣れてからいえ」
ようやく二人は喋れるまでに復活した。アレフなどは目に少し涙が溜まっている。手加減したとはいえ、パティの攻撃は日々進化しているのだろう。
「でもね、やっぱりやるんだったら主役やりたいよね」
「ルーティもそう思う?私もそう思うよ。だって折角なんだからね」
「私は別にそうおもわないけど」
「私もだわ」
ルーティとトリーシャの正反対にシェリルとメルフィはいる。確かにトリーシャやルーティはそういう派手なことを好むだろうが、シャリルやメルフィはそういうのはあまり好きなほうではない。シェリルは主役なんか恐れ多いとか思っているのかもしれない。
「まあまあ、人それぞれだからね。あたしも出てもいいけど、主役となるとちょっとね」
と、これはエル。
「そこのところはアスが上手くやってくれるさ。でもありがとう。みんながやってくれるから出来そうだ」
「出来そうではなく出来るんだ。占いの結果にもそう出ている」
ルーのほうを薄く笑みを浮かべている。同じ美形でもアレフとは違ったクールな美形だけあって、そういう表情が良く似合っている。
先ほどから会話に参加してないことから今も占いに没頭していたのだろう。ビセットもルーの占いを珍しそうに見ていたから、会話には加わっていなかった。
「じゃあ、また放課後に。今度はオレ達の家で相談の続きだな」
そういったリュートの言葉に誰も反論を唱えない。
「ん、何か決まったの?」
これまでの流れよりも占いのほうに集中していたビセットが間抜けたことをいって皆は一斉に笑った。
「なんだよ、オレ一人だけ仲間はずれなんてずるいぞ」
「だってビセットったらさっきのこと、全然見てなかったわけ?」
「そうだけど…」
「ビセット、折角面白いものが見れたかもしれないのにな。残念だな」
エルがからかう口調でイジワルすると、ビセットはムキになったようにすねた。そんな様子がかえってビセットを道化へと仕立て上げている。
「ま、ともかく、みんなよろしくな」
ここで解散となった。皆はそれぞれ次の授業のため食堂をあとにした。
<TO BE CONTINUED>