待つのは辛い。でも、楽しい時だってある。
もしかしたら今は楽しいのかもしれない。
人を待つのは苦手だけど、自分が約束の時間より早く着いたのだから仕方のないこと。
腕時計をちらりと見ると、まだ10分もある。
早く時が進まないかな。早く来ないかな。でも遅れてきたらそのときは……。
待ち合わせ場所として有名な時計台の下で、少女は相手を待ち続ける。
その様子は初々しくも、楽しそうにうきうきしている。
今日は日曜日、学校帰りではないので制服ではなく私服。その少女にしては珍しくスカートをはいていた。スカートの柄はチェック柄。散々迷った末に、決めたのだ。今でも少し恥かしく、他人の目が気になる。
しかし、その視線が注がれる理由は、本人が考えているようなものではない。少女が可愛いから、視線が注がれるのである。中には邪な視線も混じって入るが。
上は薄い青のブラウスにベストを着ている。そして背中に天使の羽がついた可愛らしいカバンを背負っている。
背を時計台に預けて、時々、数分後とに時計を確認している。カバンが潰れてしまっているが、あまり気にしないようだ。
じっと見ている者が時計台のほかにいれば、少女がどういった素性かわかりそうなものだ。
「パティ、暇?」
「何よ、いきなり」
昼休み、パティと呼ばれたショートカットの少女は目の前にいる男から声をかけられた。
場所は食堂。ただ今アリサおばさんの食事を味わっている真っ最中のことだ。
「だから、暇?」
男は顔をテーブルの上に乗せて少女を見るという先ほどとから変らない姿勢で、同じ質問を繰り返した。
「忙しいわよ。だから話し掛けないで」
食べることに忙しい。目の前にいる男の言葉で貴重な幸せな時間を奪われたくない。
でも、男はまだ諦めずにずっと少女を見ている。
「……あのね、そうやってると食べにくいんだけど」
少しドスの聞いた声。でも男は別に驚いたりしない。パティが怒るのは既に日常茶飯事の一つとなっている。だから別に怯むこともないわけだ。
男はテーブルから顔をあげると、パティより少し上に視線があるため、ちょっとパティを見おろす感じになる。イスに座っているためほんの少しだけど。
だんだん優しかったパティの表情も険しくなる。男が質問に答えないからだ。
「まあまあ、落ち着けって。パティが忙しいって言うから、こうして俺は待ってんだぜ」
確かにその通りだったが、礼儀という意味ではどうだろう。
パティが怒り出すのもわかっていての発言だったのだろうか。
「いい加減にしなさい!」
食堂に怒声が響きわたり、一瞬だけ、食堂が静まり返る。本当に一瞬だけだ。すぐに声の主がパティだとわかると、また他の連中は何事もなかったように静まる前に戻る。
「何だよ、いきなり」
パティと同じことを男は口にした。絶対わざとである。目の前の男ならやりそうなことだ。
「……はあ。もういいわよ。で、一体何の用?」
遂にパティは箸を置いて、男の言葉を聞くことを了承した。男はにっと笑うと、待ってました、といわんばかりだ。
「明日の日曜なんだけどさ、店の手伝いとかないよな?」
「ないけど」
「じゃあ、俺に付き合え」
「何でアンタに付き合わなきゃいけないのよ」
ガクっと肩を落とした男は気を取り直して言葉を続ける。
「俺が頼んでるんだぞ?少しくらいはきいてもバチはあたらないって」
「別にわたしじゃなくても他にいるでしょ。そっちを当たればいいじゃない」
内心嬉しいのだが、いつもの癖か強気な発言になってしまう。
「俺がパティと行きたいの。わかる?」
男は軽くウィンクする。パティは少しだけ紅潮して。
「いいわよ。そんなに頼まれたら。そこまで頼まれたらね」
最後の「ね」を思いっきり強調した。
男は笑顔を浮かべると、どたキャンは無しだぞ、とパティの頭を軽く撫でると、そのまま食堂から出て行った。
「……悪くないかもね」
男の姿が見えなくなってから、撫でられた場所を確認するように触ってパティは照れたように笑顔を浮かべた。が、それはすぐに消えてしまった。その表情を回りが見ていることに気づいて、すぐに慌てるように食事を再開したからだ。でも、耳まで赤くなっていることを隠しきれるものではなかった。
あの後、出会うことは無かったが夜に電話が掛かってきた。
「明日だけどさ、いつものところでいいよな?」
「いいわよ」
「時間は……10時。遅れんなよ」
「アンタこそわたしを待たしてみなさいよ。許さないからね」
「おーこわ。気をつけねーと。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
ここで電話は切れた。
パティはどさっとベッドの上に倒れこんだ。
そして、嬉しそうに身体を縮める。
明日は何を着よう、お化粧は、どうしようかな?
そんな悩むことにすら、楽しくなってくる。
興奮して眠れないかと思ったが、あっさりと深い眠りに付くことはできた。
目が覚めてからが忙しかった。
タンスに入っている衣装の殆どを出して、どれがいいかなと思案する。
服が決まれば今度はそれに合うお化粧を。パティは元々化粧をあまりしないタイプだったから、この日も控えめにルージュと軽くファンデーションをしたくらい。
そして恋の戦闘準備が終わると、待ち合わせ時刻に余裕を持ってつけるように家を空けた。
待ち合わせ場所に着いてから10分は待っている。
あと5分。そろそろ姿を見せてもいい頃だろう。
待ち合わせ時刻まであと1分を切ってしまったが、まだ姿は見えない。
まさか本当に遅れてくるんじゃ……。そんな一抹の不安が徐々に広がっていく。無理も無い。相手の姿はどこにもないのだから。
カチ
腕時計と同じくして、ずっと上にある時計の針もちょうど10時を示した。しかし、姿は見せなかった。
「………」
少しくらいの送れなら、と思っていると、隣に待ち人はいた。男はいつものようにファッションに拘っているので決まっていた。そして、今日は学校でいつも被っている帽子がない。
「もっと早く気づけって」
驚いているパティの表情をコツンと小突く。男の口ぶりからすると、待ち合わせ時間より前にいることになる。全然気づかなかった。
「何よ、いるんなら声くらいかけなさいよね!」
「だって、待ち合わせは今だろ。それに、その間にパティのスカート姿なんて拝めたしね」
ばっとパティは今更ながらスカートを抑えて顔を赤くする。
そんなパティを見て、男はニヤニヤと笑う。でも、不思議と全然いやらしくなかった。
「もう、じっと見ないでよね」
「俺のためにそんな格好してくれて嬉しいよ」
「フン!」
パティは怒ったように先に歩き出してしまった。男はやれやれという感じですぐにパティの隣に並ぶ。
「ちょっとアレフ、離れてよ」
「せっかくなんだし、そういうなよ」
アレフと呼ばれた青年は、パティの手をとると、リードして街に繰り出した。
「は、離してよ」
「照れない照れない」
アレフは聞く耳もたずという感じだ。パティは黙って少し俯き加減になる。顔が赤くなっているのを見られるのが嫌だったから。
「で、今日は何処に行くのよ?」
「う〜ん……決めてない」
アレフはあっけらかんに答えた。
これにはパティも驚く。
「どういうことよ」
「だから、一緒にいたかったってこと。別に場所とか考えなかったし」
急に目の前がくらくらしてきた。まさか、あのアレフがこんなことをするなんて。でも、同時に嬉しかった。あのアレフが、自分のためにこういうことをするなんて。
パティは行き先をアレフに任せることにした。こういうとき、男の人にリードしてほしいもの。いつも強気で男勝りなパティでも、女の子なのだから。
アレフはゲームセンターをはじめ、ブティックやら色々なところに連れて行ってくれた。パティのことも勿論考えているらしく、決して辛くないペースで。
お昼頃になると喫茶店で軽めの昼食を取って、ハンバーガーを食べ歩きする。堅苦しくなくてパティは楽しかった
「ねえねえ、こんなのどうかな?」
一着のパーカーを手にとって、意見を求められるとアレフは、
「そっちもいいんだけど、こっちの色の方が良くないか?」
と、同じデザインの色違いを選び出す。確かに、アレフの見立てのほうがセンスがあった。悔しいが事実だ。
「じゃあ、ちょっと試着してみるね」
アレフが選んだ方を手に、試着コーナーのボックスに入ってカーテンをさっと閉める。
残されたアレフは覗きたいのは山々だが、そんなことをするわけにはいかないので、待っていた。
数分後、しゃっとカーテンが開くとそこには着替え終わったパティがいた。
「どう…かな?」
おどおどとした仕草が可愛らしい。
「似合ってる」
「そう」
パティは打って変わって明るい表情になる。そこでアレフはいつの間にやら手にしていたワンピースもパティの前に差し出した。
「これも試着してみれば?」
「う、うん」
手渡されるままにパティは受け取ると、またカーテンを閉めた。
すると、アレフは猛ダッシュでその場からいなくなった。
「どう?」
カーテンを開いてアレフの意見を聞こうと思ったのだけれど、そこにアレフはいない。
でも、すぐに見つけることが出来た。
アレフは違う店から出てきた。
隣に知らない女性と一緒に。親しげに話をしている。
「………っ!!」
パティは急いで着替え終えると、パーカーとワンピースを元あった場所に戻すと、無言のままに店を出ようとした。
「あれ、パティ?」
キッとパティは振り向いた。声でアレフとわかったからだ。隣にはあの女性はいない。
「………」
「どうしたんだよ?さっさと帰ろうとするなんて」
中にある何かが切れた。
「ほっといてよ!」
切ったのはアレフ。何も悪くない。全部アレフが悪い。堤を切られた感情は一直線にパティを支配する。
駆け出したパティをすぐにアレフが掴まえる。
「離してよ!」
反射的に手が出てしまった。パティの右手はアレフの頬に気持ちいいくらい綺麗に決まった。
「あ……」
謝ろうと思ったが、すぐに先ほどのことが思い出される。だからパティはアレフに何もいわずに駆け出した。
無我夢中でパティは走る。
いつの間にか無意識に公園まで走っていたらしい。夕日が沈みかけ、もうすぐ夜が訪れるだろう。
息も上がってきたので、ここで足取りは歩みにかわる。
ふと、自分が泣いていることに気づいた。いつの間にだろう。
でも、涙を止める手立てを知らない。だから涙が後から後から頬を伝っていく。
「なんなのよ、一体……」
意識が混濁してハッキリしない。
「パティ!!」
ハッと振り返ると、そこにはアレフが息を切らせて立っている姿。頬にはまだ赤く跡が残っていた。
反射的に動こうとしましたが、先にアレフがパティの手を掴んで離さない。
「離してったら!」
掴まれていないほうの手を出そうとするが、アレフに途中でがっしりと掴まれてしまってびくともしない。
「パティ、一体どうしたんだ?」
パティは顔を上げずに項垂れて涙を流すばかりで、答えない。
「パティ?」
「うるさいわね!相手がいるんなら何でわたしを誘ったのよ!!」
涙で濡れた眼でアレフを睨む。その眼には悲しみと悔しさと怒りがありありと写されていた。
「どういうことなんだよ?」
アレフは釈然としないといった風情だった。
「わたしが試着してる時、他の人と一緒にいたでしょう!!」
「それは」
「何で!何でああいう人がいるのにわたしを誘ったのよ!」
「だから」
「さぞかし面白かったんでしょうね、わたしをからかって!」
「聞け!!」
今までで一番の大音声に、ビクっとパティは身をすくめた。その僅かな静寂の間に、アレフはパティの身体を抱き寄せて痛いくらい抱きしめた。
「離してよ!」
「だから聞けって!」
じたばた動こうが、アレフの力強い抱擁からは逃れられない。パティは諦めたように、泣き出した。
「いいか、よく聞けよ。あの人とは何でもない」
「え……?」
アレフは構わず続ける。
「あの人とはパティが試着している間に、確かに一緒に店に入ったけど」
「やっぱりそうじゃない!」
「頼むから聞けって。これを買うためだよ」
そっとアレフがパティを開放する。この隙に逃げようと思わなかったのは何故だろう。少しでもアレフを信じていたからかもしれない。いや、信じていたかったからかもしれない。
アレフはポケットから、細長い包みを取り出した。先ほどパティを抱きしめる時に潰れてしまったのだろう。少し形が歪だ。
「これ…って?」
「いいから開けろよ」
アレフはパティに包みを受け渡すと、釈然としないながらも包装を解いていく。
「あの人がつけてたのが、お前にも似合うと思って、それでどこで買ったのか聞いたんだよ」
包みの中は可愛らしいネックレスだった。決して派手にならないように色を抑えているが、地味ではない。それどころか際立って美しかった。そして中央に、紅く輝く石がある。
パティの誕生石であるルビーだ。
「これって……」
「そ。これってこういう風に宝石を自分で選べるんだ。だからルビーを選んだってわけ」
「で、でも」
「あの人にはお世話になったぜ。でも、そのときをパティに見られてたなんてな」
アレフは苦笑する。
「つけてやるから貸せよ」
「う、うん」
言うがままにパティはアレフに渡した。受け取ったネックレスを手にすると、パティの後ろに回って手をまわす。
プラチナの鎖が冷たくてビクッとしてしまった。そして、少しの重量がその首にかかる。
「ほら。やっぱり似合ってる」
振り返ってアレフに見せると、アレフは微笑んでいた。
「あの、ありがと。さっきはごめ……」
それ以上の言葉はパティの口から出ることはなかった。
何故なら、アレフが唇で塞いでいたから。
「ちょ、あ、その、あの」
見る見るうちにパティは慌てて顔が上気する。
「お詫びはこれでいいって」
にっ、とアレフが笑うと、パティは、
「バカ〜っ!」
と叫んでアレフを殴ってその場から一目散に立ち去ってしまった。
「……まだ早かったか」
起き上がると、急いでパティの後を追いかける。
「待てって。送っていくって」
流石に女の子を一人で帰らすのは恥というものだ。しかし、アレフがパティの俊足に追いつけるだろうか。
二人は二人らしく、歩めばいいだけなのだから。
<END>
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございました。(深々)
そして、この作品はテイル様のリクエストSSです。
テイル様、いかがなものでしょうか?
内容ですが、テイル様が他のHPでのキリ番リクエストの一つとしてある「初めてのでぇと」シリーズですが、私もこうやってやりました。
しかし、まだまだですね。恋愛物は苦手ではありませんが、どこか物足りよないような感じが致しますし。(汗)
このような作品でも、お気に召していただけますと嬉しいのですが。
もしここは問題あるだろうということ等、批評や指摘がありましたら是非ご連絡下さい。