いつからだろう。感覚が途切れたのは。
視界にはぼんやりと光だけが見える。このまま、2、3日も過ぎれば、鼓動も途絶えるだろう。
(ふぅ。あっけない最期だな…)
死が迫っているというのに、妙に落ち着いている。人は、最期を身近に感じたとき、こうも落ち着いていられるのかと感心してしまった。
(くっそ〜。何でこうなる前にビーフジャーキーを食わなかったんだ)
自分の近くにあるはずの鞄にある、今までとっていた食べ物のことが気になり始めた。
「ご主人様、こんな所にビーフジャーキーが落ちてるッスよ」
「テディ、落ちている物を食べてはいけないわ」
「わかったッス、ご主人様。あ、ご主人様!人が倒れているッス!」
(何だ。迎えは犬か…)
ハッキリしない意識の中、それ以上は闇に飲み込まれた。
「…………う」
「あ、気がついたッスね。ご主人様、気がつきましたッスよ」
ぼんやりと開かれた目には、うっすらと白い天井が入ってきた。そして徐々に、まわりの情報が整理されていく。
(そうか。誰かに助けられたんだ…)
やわらかなベットから、上体をゆっくりと起こす。すると、目の前にいたのは、
「何で犬が浮いてるんだ?」
「失礼ッスよ!ボクは魔法生物のテディッス。犬じゃないッスよ!」
「あ、悪い」
目の前にいたテディという犬らしい生物は、見た目通りの生き物ではないようだ。そんな事を考えているうちに、階段をゆっくりと上る音が聞こえてきた。
「あ、ご主人様が来たようッス。じゃあ、ご主人様を迎えに行くッス」
そんなことを言いながら、ドアを開けてテディは出て行いった。その間、もう少し、情報を理解しようとした。
(多分、俺はテディとかいったけな、あの犬。そのご主人様に助けられたんだろうな。でも、何でわざわざ迎えに行く必要があるんだ?)
そんなことを考えているうちに、ドアがギィと音をたてて開いた。ドアの向こうには、テディと、優しそうな女性がいた。
その女性は、テディに連れられておぼつかない足取りで部屋に入ってきた。
「私はアリサ、アリサ=アスティアよ。身体のほうは大丈夫かしら?」
「あ、はい大丈夫です。あ、遅れましたが、俺はリュートです。あなたが助けてくれたんですね。どうもありがとうございます」
「いえ、お礼だなんて」
アリサという女性は、見た目通りの物腰の柔らかい人だった。
「まだ、身体のほうが優れないようなので、2、3日はゆっくりと休んでくださいね」
「いえ、もう大丈夫です。これ以上迷惑をかけるわけにもいきませんし」
身体をベットから起こそうとしたとき、不意に脱力感と激痛に倒れてしまった。
「ほら、無理をなさらずに」
情けないが、ここはアリサさんのいうことに甘えるしかなかった。
「…お言葉に甘えて、ゆっくりとさせていただきます」
2、3日の間、テディからアリサさんのことを聞いた。目のこと、主人を亡くしたこと、店のこと…。
それで、俺は、恩返しとはいかないかもしれないが、一つの考えを出した。
「アリサさん」
「何かしら、リュートくん」
「迷惑かもしれないけど、この店の手伝いをさせていただけませんか。今までのお礼もかねて」
「そんな、悪いわ」
「いえ。俺に出来る事といったら、これくらいしかないんで」
俺の必死な目に、アリサさんは困惑の目をしている。しばらくの沈黙のあと、アリサさんは口を開いた。
「…じゃあ、お願いするわね、リュートくん」
「良かったッスね、リュートさん。これから一緒にガンバルッスよ」
「わかってるよ、テディ。これから一緒に頑張ろうな」
「どうも、ジョートショップです」
俺のはじめての仕事は、さくら亭という街の大衆酒場兼宿屋の水道工事だった。
「いらっしゃ〜い。って、あら、あなたは?」
出てきたのは、俺より少し年下のショートカットの活発そうな女の子だった。
「昨日から、ジョートショップで働くことになったリュートです」
「パティさん、ボクと一緒にご主人様の為に働いているッス」
「ふ〜ん。じゃあ、裏にまわってやってくれない?この前から排水が調子悪くて」
調理場を通って裏に回ると、確かに排水するたびに変な音をたてている。
「さっきのパティとかいったけ、あの女の子。これは、ちょっと、何かが詰まってるぞ」
「リュートさん、そんなこと言ってないで早くやるッス」
「お〜い、パティちゃん」
「何?」
呼ばれて間もなく、さっきの女の子が調理場から出てきた。
「これさあ、何か詰まってるけど、心当たりある?」
「さぁ、特にないと思うけど…あ、何で私の名前知ってるの?」
「さっきテディから聞いた。でも、これから水道を使う?そうなると、作業できないんだけど」
「あ、それなら大丈夫。この時間帯は滅多にお客は来ないから」
「なら、ちょっと水道使わないでくれよ」
「わかったわ」
そういうと、またもとのカウンターに戻っていった。
「さて、これからはじめるとしますか」
持ってきたスパナで、堅くしまったネジをゆっくりと回す。軋みをたてて、パイプが外れた。その奥には、きらりと光る何かを中心に色々なものが絡まっていた。
「何だコレ?」
取り出してみると、光るものは、
「指輪じゃないッスか」
そう。確かに指輪だった。
「コレが原因だったのか」
あとで渡そうと思って、ポケットに入れたときに、勢い良く水がパイプから流れてきた。
「わっ!」
不意に流れてきたので、かわすのが少し遅れてしまった。
「誰だい!」
鋭い声と供に現れたのは、一人の女戦士だった。素人目からみても、明らかに隙がない。
「ちょっとあんた、何やってるんだい。返答次第じゃ…」
泥棒か何かと勘違いしているらしい。テディはあまりのことで硬直している。このままでは立場が一方的に悪くなると思って、早口に口を開いた。
「俺はジョートショップから来ましたリュート。今は、頼まれた水道工事をしている」
「あ、今日だったんだごめんね」
リサという戦士は途端に警戒を緩めた。そして気まずそうに頬を掻いている。
「私はリサ。ここにちょっと世話になってるんだ。まぁ、タオルとコーヒーくらいは用意するよ。さ、中に入って、テディも」
「ありがとうッス、リサさん」
「でも、まだ仕事が終わってないんで、終わってからご馳走になるよ」
「そうかい。なら早くしなよ、ボウヤ」
中に入ると、カウンターの中にはパティ、リサがいた。その前にはテディがちょこんと座っていた。
「あら、思ったより早かったのね」
パティはそう言いながらタオルを投げてきた。それを受け取ると、さっそく頭を拭く。
「でも大変だったわね。リサにいきなり水をかけられるなんて」
「パティが言ってないのが悪いんでしょう。はい、さっきのお詫び」
カウンターに一杯のコーヒーが差し出された。コーヒーの香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「リュートさん、リサさんがいれたコーヒーは美味しいッスよ」
「ありがとうね、テディ」
口に運ぶと、確かに今まで飲んできたどのコーヒーよりも美味しかった。
「あ、そうそう。これが詰まっていた原因だよ、パティちゃん」
そういって、ポケットから指輪を取り出す。
「あ、ありがとうリュートさん。これ、前にママがなくした結婚指輪だったの。本当にありがとう」
本当に嬉しそうに指輪を受け取る。それをみて、やって良かったと心からそう思えた。
「あと、リュートさん、私のことパティってよんで。ちゃん付けはなんかこそばゆいから」
「なら、俺も呼び捨てで構わないよ」
そんな他愛もない会話を続けていると、二人の男の声が近づいてくる。
「だ〜、なんであそこまできて引き下がるかな」
「だってアレフ君が…」
入り口をみてみると、身長差が激しい二人が入ってきた。大きな方は何かしら怒っていて、小さい方はおろおろしている。
「いらっしゃい、アレフ、クリス」
「ようパティ。聞いてくれよ。またクリスがナンパの途中で」
「それはアレフ君がいきなり一人にするから…」
あっけにとられて見ていると、自分以外の人は、落ち着いているということは、日常茶飯事のことなのだろう。
「あれ、あんた見かけない顔だけど」
いきなり大きな方が声をかけてきた。
「あ、俺?俺は昨日からジョートショップで働く事になったリュート。よろしく」
いきなりのことに、しどろもどろしなかったことが自分でも驚いた。すると、大きな方はこっちの顔をじろじろ見ると、にっと笑った。
「俺はアレフ。このエンフィールド一のナンパ師だ。なぁ、あんた、一緒にナンパを手伝ってくれないか?あんたいい顔してるから、戦力になるんだ」
「あ、アレフ君〜」
困ったように小さい方が、めがねの奥にある潤んだ眼で訴えている。こっちがじっと見ているのに気づいて、慌ててこっちを向く。
「ぼ、僕はクリストファー=クロスです。クリスって呼んでください」
「よろしくな、クリス」
「リュート、アレフでもないのにナンパに付き合ったら最後よ。女の子から嫌われるわよ」
「そうだよボウヤ。気をつけたほうが利口だよ」
「それって二人とも、けなしてるのか、誉めてるのか?」
「両方」
二人の声が同時に答えた。それを機に、みんな笑ってしまった。
「ちぇ。ひでーぜみんな」
あのあと、色々なことを話して、そして聞いた。ここの住人のこと、特にシーラ=シェフィールドというお嬢様が気になった。それと、トリーシャ=フォスターという女の子は情報、流行、噂の発信源だから、気をつけていかないということ。いつも喧嘩しているエルフのエルとアリアというショート財団のお嬢様。あと、読書が大好きで、トリーシャと親友のシェリル。それから、いつも元気で天真爛漫なメロディとピート。夢見る少女ローラ。その他にも興味を引く人物はたくさんいた。
まぁ、その話しに出てきた人物とは誰とも会ってないが、そのうち会えるだろうと勝手に思い込んだ。
そして今は、テディと一緒に街を散歩している。ついでに言えば、街の地理を覚えるためだ。
「リュートさん、今日はどんなだったッスか?」
「そうだな…ここの人は見ず知らずの他人でもやさしく受け入れてしまうし、いい街だな、エンフィールドは。ずっとここにいたいと思ったのが正直な感想かな」
「じゃあ、前はそうでもなかったんッスか?」
「まあ、全部じゃないけどな」
「そうだったんッスか。でも、エンフィールドはご主人様をはじめ、いい人ばっかりッス。だからそんな心配は大丈夫ッス」
「そうだな」
そんな会話をしていると、ふとエレイン橋の上にいる人影が目に止まる。
「あれ、シーラさんじゃないッスか。こんにちは〜、シーラさん」
テディは自分より一足早く人影のほうにいってしまった。こっちも少し速めに歩いていく。
「あら、こんにちはテディ。あら、そちらの方は?」
「あの人は、ボクと一緒にジョートショップで働くことになったリュートさんッス」
「はじめまして。俺はリュートといいます。えっと…」
一呼吸おいて、自分から自己紹介をした。それで、相手は自分の名前がわからないということを感じ取ってくれた。
「はじめまして。シーラ=シェフィールドです。よろしくお願いしますね、リュートさん」
「こちらこそ」
「でも、シーラさんどうしたんッスか?こんな所で一人で」
「ちょっと、曲のインスピレーションがわかなくて…ちょっとした気分転換よ」
ふと見せた横顔に、かげりが一瞬見えたのが気がかりで、つい口を出してしまった。
「わかないんだったら、いっそのことほっといたら?」
「リュートさん、なにいってるんッスか」
テディは慌てて空中で手足をばたばたさせる。シーラは何も言わずに聞いている。しかし、眼に困惑の色は浮かんでいたが。
「だから、出来ないときに無理にやろうとせずに、出来る事をやればいいんじゃない。それでもやるしかないんなら、楽しんでやらなくちゃ。じゃないと、自分につぶさると思うけどな」
「………」
シーラは、黙ったままうつむいて考え込んでしまった。そのまま数秒の沈黙の間、言い過ぎたかなっと、後悔が漂い始めた。
「…ありがとう、リュートさん。あなたの言う通りね。私はやろうとして、本質的なことを忘れていたわ。じゃあ、早速やってみるね」
「頑張って」
「ガンバルッス、シーラさん」
「じゃあ、二人ともさようなら」
「さようなら」
「さようならッス」
シーラは急ぎ足で家に向かった。
「リュートさん、すごいッス。あんなに簡単にシーラさんの悩みを解決するなんて…尊敬するッス」
「テディ。あれは昔、俺に言われた事をアレンジして言っただけのことさ。だから、別に俺が凄いってわけでもない」
「リュートさんもスランプになったことがあるんッスか?」
「遠い思い出さ」
「気になるッス。教えて欲しいッス!」
テディはぐるぐると俺を中心に回る。
「いつかな」
「絶対ッスよ。嘘ついたら針千本飲ますッスよ」
「それは勘弁して欲しいな」
「じゃあ、嘘なんっすね。酷いッス!」
「かなり恥ずかしい話しだから、あんまり言いたくないんだよ」
テディはじぃっとこっちを潤んだ瞳攻撃を仕掛ける。罪悪感にかられて、しょうがなく教える事にした。
「テディ、耳を貸せ」
「わかったッス」
テディの耳元で、俺は過去の出来事を話した。
「ほんとうッスか、それ。全然想像出来ないッス」
「だから言いたくなかったんだよ。ほれ、さっさと帰るぞ」
「あ、待って欲しいッス、リュートさん」
「リュートくん、お仕事はどうだった?」
「アリサさん、大体順調でしたよ」
「そうッス、ご主人様。リュートさんは水をかけられた事以外は順調だったッス」
「あ、テディ〜」
「あらあら」
楽しい夕食の時間、今日の仕事の報告をしていた。それに、アリサさんの料理は絶品で、話しがどんどん弾んでいく。
「本当にアリサさんの料理は美味しいですね」
「そうッス。ご主人様の料理は美味しいッス」
「ありがとうね、二人とも。まだまだあるから遠慮しないでね」
「はいッス」
二人同時に返事をしてしまった。
「リュートくん、明日はローズレイクのカッセルさんの所に行ってくださいね」
「わかりました。仕事の内容は?」
「それがわからないの。とにかく来てくれっていう依頼だったから」
「ふ〜ん。わかりました」
夕食後、アリサさんと二人で明日の仕事のミーティングをしていた。
「それじゃあ、お片付けをしなくてはね」
「あ、俺も手伝います」
「あら、ありがとう」
そして、二人で食器を洗ったり、明日の料理の下ごしらえをした。
「ふぅ。ここは本当にいいところだ。ずっと、ここに住んでいたいな」
ベットの中でそんな事を考えながら、意識を闇に委ねた。
数ヶ月後
こんな風に色々と仕事をこなしていき、街の住人とも親しくなったある夜。ジョートショップの屋根の上。
「ヒャーハッハッハッ!パーティの始まりといこうぜ」
屋根から、一つの黒い人影が飛び立った。
運命の歯車は今、ゆっくりと軋みの声を上げている。
<END>