招かざる訪問者〜前編〜

 

 

 皆が知る、有名な盗難事件。その事件が起こる、少し前のこと…その日は、弱々しく雨が降り続いていた。

「おい、どうしたこんな所で?」

 眼帯を付けた男は、自分の足元にいる子供に声をかける。しかし、言葉の内容とは裏腹に、心配という感情は全く含まれていない。自分にそんな感情はないと自他ともに男は認めるが。

「何だ?喋る事も出来ないお子様か?」

 全然反応を示さない子供に、男はだんだんと腹が立ってくる。

「ケッ!つまらねぇガキだ。これ…」

 ふと、視線を子供に戻すと、そこには誰もいなかった。かわりに…。

「…動かない方がよろしいですよ。痛い思いをしたくなければ…」

 背筋から感じるものは、金属の冷たい感触と今にも事切れそうなか細い声だった。

「…お前、気に入ったぜ」

 眼帯の男は、この状況を心底楽しんでいた。無論、自分の命が限りなく不死という考えも作用している。

「お前、なんて名だ?」

 これが、今回の始まりでもあった。




 「アル!気を抜くなっ!」

「わかってますって、隊長!」

 日が傾き始め、ただでさえ暗い森の奥は夜に等しい。そんな森の中を、2人の男が背を合わせて警戒している。

 片方はまだ青さが抜けきらないが、まわりの雰囲気がそれを否定している。青年の雰囲気は、背後の戦士と比較しても、目に見えるほどの大差はない。

 もう一方の老戦士は、隙らしい隙もなく、青年のように闘気をみなぎらせるわけでもなく、ただ静かに構えていた。それでもその身体から滲み出る圧迫感は、青年の比ではない。

「っ!来るぞ!」

 隊長と呼ばれた男の言葉通りに、『それ』は青年の方へ来た。

「くっ!」

 自分の目の前に現れたものは、青年の考えていた速度を遥かに超えていた。

(速い!)

 それでも、自分の獲物の長槍を自分と現れたものの前に入れる。その次の瞬間に槍は、柄の所を真っ二つに、切られたのではなく折られた。

(バカな!芯に鉄を入れてある槍を折るなんて!)

 青年の特別に作らせた槍をこうも容易く折り、それでも「それ」は勢いを止めない。

(や、やられるっ!)

「伏せろ!アル!」

 青年は理解できなかったが、勢いを殺す事ができなかったので、背中を打つ形でそのまま老戦士のいう通りになった。

「っ!」

ガキンッ

 鋭い吐息の後に金属のぶつかり合う音。それ以上は不快な金属音は聞こえず、変わりにがさ、がさがさっという草木がこすれる音がした。

「…大丈夫か?アル」

差し出された手をとり、ゆっくりと身体を起こす。

「大丈夫です。でも流石ですね、隊長。あれを退けるなんて」

「…そう思うかね、アル」

 そう言って、老戦士は自分の剣を差し出す。すると、根元からすっぱりと刀身が取れた。よく見ると、根元に鏡状になった切り口が見うけられる。

「隊長、これは?!」

 少しの無言のあと、険しい表情で老戦士は語る。

「まさか、まだあの技が使える者がいるとはな…」




 シーラ=シェフィールド。若き天才ピアニストは夜風に当たりながら、ムーンリバーの揺らめく水面を眺めていた。街灯が反射して、まぶしいくらいだ。自分は、何かあったらついここに来てしまう。もう、習慣のようになっていた。

「…ふぅ。せっかく帰ってきたのにね…」

 ある人に逢いに一時帰国したのに、目的の人物はいなかった。自分が留学する前にあった事件が原因で、旅に出ていたのだ。

「…黙って帰ってきた自分も悪いんだけど…」

 まだ、自分がこの街に帰ってくるには時間がある。仕方ないといえば仕方ないが、それでも今日会えなかったのはつらかった。

「寂しいよ…」

 名前は出さなかった。もし名前を出したら、そのまま泣いてしまうかもしれない。それにもし聞かれたら、余計なことをさせてしまうかもと思ったからだ。今にも泣き出しそうな顔を橋の手すりに当てて、泣くことを堪えた。

(また会うまで泣かないと、彼と約束したんだから。泣いたらダメ)

 自分にそう言い聞かせ、目元の熱さが引くまでそのまま伏せていた。

「ふぅ。またすぐに戻らなくてはいけないんだっけ…」

 もしかしたら、帰ってくるかもしれないという淡い期待をした彼女を、水面の月明かりと街灯が優しく語り掛けてきたような気がした。

 それに合わせて、シーラもやわらかな歌声を披露する。

「…この広い世界のどこで 歌声は生まれるの♪ この広い宇宙のどこで なぜ君と出会えたの♪………………………………この広い世界のどこで 歌声は生まれるの♪ この広い宇宙のどこで なぜ君と出会えたの♪ ラ ランラララララ〜ララ♪ ララララランラララ〜ラ♪ この広い宇宙で なぜ君と 出会えたの…♪」

 風のささやきが、シーラへの拍手に聞こえる。シーラは歌っている間、ただ一人のことを想い、全てを祝福する。それに対しての、ささやかなお返しだった。

「ふぅ。気分転換にもなったし、そろそろ家に戻らないとジュディ達が心配するわね」

 家にいる唯一無二の親友の事を考えて、帰路につく。

 そのすぐ途中で、我が目を疑う。そして、目に写る光景を信じたくはなかった。

「どうしたの?!ねぇ!しっかりして!」

 帰り道の途中で見たものは、自分より少し年下の少年だった。腰まで届く髪とある一点を除いては、どこにでもいそうな普通の少年だった。腹部から血が滲んでいるということを除いては。

 シーラは無我夢中で駆け寄った。声をかけたりするが、反応はない。血が乾き切っていない事から、傷が新しいか、余程深いという事だろう。しかし、そんな事にシーラは気づく余地もなかった。シーラはその傷が、命の危険にさらしているという事だけしかわからない。

(どうしよう…。このままじゃ…そうだトーヤ先生に)

 混乱する気持ちの中に、ある人物が該当した。このエンフィールド一の腕利きの医者だ。

(早くクラウド医院に運ばないと…)

 幸い、ここからクラウド医院までさほど距離はない。シーラは少年の傷口がない左手を首に回して、ゆっくりと少年の身体を起こした。

(あれ?)

 身体を起こして気がつく。少年は見た目よりも重さもなく、大きさもない。もしかしたら、自分より背が低くて、軽いのかもしれない。その為、非力なシーラでさえ一人で運ぶ事が出来た。

「待っててね。もうすぐだから…」

 シーラの励ましにも、少年の反応は皆無だった。

(はぁ、はぁ…)

 いくら軽いからといっても、女の体力ではすぐに息が上がってくるのがわかる。しかし、今呼吸を乱すわけにはいかない。もし、乱すものなら、そのまま疲労で動けなくなるだろう。だから無理にでも規則正しく息を吸ってはく。

 そうして、重い足取りでようやく目的地に着くころには、シーラの意識もかすんできていた。

「ドクター!急患です!お願いしま…」

 そこでついに意識を失ってしまった。




 「う…ん」

「気がつきましたか」

「え…」

 目の前に飛び込んできたのは、眼鏡をかけ、白衣を着た女の子だった。

「ディアーナちゃん…あっ!そうだ男の子は?」

 無理に身体を起こそうとする。

「止めておけ。疲労でろくに動かせられないだろうからな」

 ドアの向こうから現れた男の忠告は、確かに当たっていた。しかし、それでも全力でベッドから起きあがった。

「し、シーラさん」

「トーヤ先生。男の子は、男の子は大丈夫なのですか?」

 現れた男は、昨日シーラが必死になって探していた人物。クラウド医院の主であった。

「フン、無茶をしおって。安心しろ。昨日運ばれた少年は、命に別状はない」

 ドクターの言葉に、胸の奥に安堵が訪れる。ほっとしたら、急に筋肉が疲労を訴えた。

「危ない!」

 倒れ掛かったシーラをディアーナが支える。ディアーナの身体に支えられるギリギリの負荷がかかる。

「くっ……」

 それ以上の言葉を吐かない方がいいと思い、ディアーナはぐっと噛み殺した。

「ごめんね…ディアーナちゃん」

「…やれやれ」

 それまで静観していたドクターも見かねて、ディアーナの代わりに支える。

「ありがとうございます。トーヤ先生」

「すみません。ドクター」

「そんなことを言うくらいなら、黙って休んでもらいたいものだな」

 黙っているシーラを見て、トーヤはある提案を持ちかけた。

「そんなに少年が心配なら、見に行くか?多分薬で寝ているだろうが」




 今、病室にはシーラと少年がいる。シーラはイスに座ってベッドに寝ている少年を見ている。ドクターの話では、あと2、3日は寝ているという話だ。

『まぁ、それでも見たいのなら構わんが』

 ドクターの言葉にも関わらず、自分はここにいる。少しでも一緒に居た方がいいような気がしたからだ。

「どうして、あんなことになっていたの?それに、あなたは誰なの?」

 語らない相手にシーラは優しく語りかける。やはり、少年は答えてはくれない。男の子とは思えない少年の顔を優しく撫でる。少年の体温が生きていると訴えるかのように暖かい。

そしてイスに座っていると、疲労にウトウトとしていた。

「……ねぇ、ここは…?」

「えっ!?」

 まだ目覚めるはずのない少年が今、ベッドからこちらを見ている。少年の灰色の目が自分とあったとき、それ以上なにも考えられなくなった。

「ねぇ、ここはどこですか?」

 もう一度同じ問いを耳にして、シーラ意識を取り戻す。声変わりしていないのかもしれないが、声はソプラノのように高かった。

「ここはクラウド医院よ」

「…何で私を助けたのですか」

 言葉もそうだが、ひどく悲しい瞳が印象に残った。そう言うと、少年は上体を起こした。

「何で助けたって、普通ひどい怪我をしてる人を見つけたら助けるでしょう」

 自分には当たり前のことだった。しかし、この少年にはそうではないらしい。むしろ、助けられた事が不思議な事だったように思えるようだった。

「助けていただいたことには感謝します。しかし、私を助けた事を後悔することがあるかもしれませんよ」

 そう言うと、少年は昨日血塗れになっていたとは考えられない動きで、窓から病院を後にした。そして、少年がさっきまでいたベッドの上には、お金が置かれていた。治療費として置いていったのだろう。

 シーラはあまりのことに、理解するまでに数秒の時間を要した。そして、出来事を理解した時にはもう少年の姿はどこにも見えなかった。

「…何だったの…?あの少年は…?」




 少年が立ち去った後、クラウド医院には自警団の第3部隊隊長のサイと使い魔のヘキサ、第1部隊と第3部隊を掛け持ちしているアルベルトが来た。シーラも重要参考人としてその場に居合わせた。

 2人の話によると、この前から山に今まで見たことがない種の魔獣が目撃されたらしい。魔物を超える強さを持ち危険な存在のため、第1部隊隊長のリカルドと隊員のアルベルトが昨日偵察に派遣された。その場で何者かの邪魔が入ったということだ。

「それで昨日、ここにひどい傷を負った者が運ばれたという事で」

「あの少年が、邪魔したと言うのですか?」

「十中八九そうでしょう。しかし、なぜ邪魔をしたのかが知りたいのです」

 第3部隊隊長のサイはハッキリとした口調でそう言う。しかし、特に恨んでいるとかそういう感情はないようだ。

「昨日俺が隊長と一緒に居合わせたとき、奴はすぐに退散したんだ。隊長の話じゃ、奴はすでに深手を負っていたらしい」

「ケッ!どうせお前が弱いから取り逃がしたんだろ」

「何だと!?」

「アル、落ちつけって。ヘキサも茶化すな!」

「グッ…」

「ヘイヘイ」

 からかう小悪魔のヘキサに素直なほど反応するアルベルト、それを止めるサイ、ずっと変わっていない。

 少年のほうは恐らく、2人と鉢合わせた後に、シーラが発見したのだろう。そして、そのまま今日に至るわけだ。

「それで納得がいった。あの少年の傷は普通に出来る傷ではないからな」

「先生、どういう事ですか?」

 ディアーナはまるでわかっていない様子でドクターに聞いてくる。ドクターはやれやれといった様子で説明する。

「お前は未だに手術には立ち会えんから見てないが、あの傷口は何か大型の獣にやられたものだ。切り口が鋭く大きいからな」

「そうなんですか」

納得といった表情のディアーナ。

「しかし、信じられんな。あの重傷でここから出るとは」

 それにはシーラもディアーナも同感だった。ディアーナに到ってはすぐに気絶してしまった。相変わらずの癖は治っていなかった。目の前で起こった出来事とはいえ、目の当たりにしていなければ信じていないだろう。

「それで、その少年の特徴は?」

 サイは冷静な口調で的確に質問する。それにドクターが要所を詳しく説明した。ドクターの説明は、刑事が観察したよりも詳しいものだった。医者という役職がら、些細な事にも気がつくのは当然だが、ドクターはまさに天才たる由縁を発揮した。

「なるほど。小柄な少年で、特徴は腰まである髪。それに傷、ですね」

「まぁ、大まかに言えばそんなところだろう」

「それでシーラさん、あの少年はどこに行ったかわかりますか?」

「あの、私もあまり詳しくみてないのでよくわかりません。わかっている事といえば、先ほど言いいました様に、窓から出ていった事くらいです」

「そうですか。アルベルト、本部に連絡して捜査願いを頼んでみてくれ。まだ、この周辺にいるはずだ」

「わかった」

 そういうと大柄の男は急いで病院を後にした。残ったサイは、もう一度ドクターに少年の様態を確認した。

「…すると、常人ならこのままでは確実に死んでしまうと」

「ああ。これは確実だ。あの少年がどんなに強靭といえど」

 サイはしばらく考え込むと、「失礼しました」といって退場していった。

「先生、さっきの話は本当ですか?」

「ああ。多分、治療をしなければもって2日というところだろう」

 シーラはいても経ってもいられず、クラウド医院から駆け出してしまった。その動きは身体の疲労を否定するものだった。

「ディアーナ、シーラを追ってくれ」

「わかりました」

 ドクターの頼みでディアーナも駆け足でシーラの後を追っていく。

「シーラさぁん、待ってください」

「無茶をしなければいいいがな…」

 呟きを洩らし、冷静を装ったドクターは今日の患者のカルテを取り出す。




 「はぁはぁ。シーラさん、どこに行ったのかな…」

 ディアーナは、シーラを追って、森の深部まできていた。いや、追ってきたというのは少々違うかもしれない。ところどころ擦り傷や汚れが見え、デイアーナがとった行動、今までの出来事が容易に想像できる。

「何で、私はこうもドジなんでしょう…」

 肩を落して、周りに注意して歩いていく。今は、誰かが通ったらしき後を通って探していく。シーラを見失った今、ディアーナにとれる行動はこれぐらいしかなかった。

「シーラさんがこの先にいればいいけど…」

 進む度に不安が濃くなっていく。

「あ、シーラさん!」

 不安がピークに達する前に、シーラが目に入った。そして、そのすぐ後にディアーナも知っている人物がシーラの前にいることに気がつく。

「あれ、あの人は…」

 

<TO BE CONTINUED>


戻る 後編へ