昼休み(特別編)

 

 

 「ほら、今度はあっちだよ」

「ま、待ってくれって」

 情けない声を出すリュート。その手を引っ張っているのはトリーシャだ。

「もう、情けないな。だったら、少し休憩してまたいくよ」

「飽きないのか?」

 ベンチに腰を下ろして、その隣にいるトリーシャに声をかける。

「全然。だって楽しみにしてたんだよ。折角来たんだから楽しもうよ」

 十分楽しんでるよ、と心でリュートは呟いた。

 しかし、トリーシャの保護者代わりということで、リュートは神経が磨り減っていたのだ。自分は護衛やそういう関係の依頼は向いていないのかも、と自信がなくなってしまう。

 ここは慣れ親しんだ遊園地。そして、本日より動き出す新しいジェットコースターを目当てにトリーシャに付き合っているわけだ。

 そもそも、何故こんなことになったかというと。




「ビセット!」

「よし!」

 ビセットがトスを上げると、ルシードはエルとローラの間にスパイクを叩き込む。しかし、エルとローラの間ではエルが全て処理するという無言の条約のようなものがあって、エルが瞬時に反応する。

 上がったボールをピートがリュートのほうへ。リュートは自分でタイミングを合わせると、そっとボールを真下に落とした。

 が、それはシェールがバレー部の意地を見せて拾う。そのボールをサイがバックで打った。

 その先にいたアレフは渾身の力でボールをあげる。そしてまた激痛に苦しみながらしゃがみ込む。サイは情けを捨てて、勝つためなら遠慮なく弱点を攻める。

 ピートがリュートを踏み台にして駆け上がり、上がったボールを叩き落す。

 しかし、反射神経にものをいわせて、ルシードがその高速スパイクにダイビング。辛うじて左腕が届き、ボールはネット際にこぼれる。

「えいっ!」

「それっ!」

 両チームのリーダーがそのボールに飛びつく、触れるのはリュートのほうが早かったが、トリーシャに威力で押し戻される。

「しゃがめ!」

 咄嗟の声にリュートはそのまましゃがみ込む。その上に影が出来る。

 エルがバックから跳んだのだ。全体重をボールに託し腕を振り下ろす。

「まだ!」

 もう一度トリーシャがブロックしようと飛び上がり、腕にボールが当たった。ボールは相手コートに戻らなかったが、上空に浮んでいる。

「落ちてろ」

 パンっとそのボールをリュートが真下に叩き込んだ。

 長いラリーだった。おそらく一分以上続いていたのだろう。互いの意思の強さが招いた戦い。

 これで3点差。しかも、一本も落とすことを許されないプレッシャー。だが、リュートチームのメンバーはまだまだ諦めない。可能性があるなら頑張るのみだ。

「った〜い。エル、酷いよ」

「あのな、今は試合だろ。そのくらい普通だって」

「じゃあ、あの必殺技をエル目掛けてやるんだから」

「そしたら、俺が返すよ」

 にっ、とリュートが汗を拭きながら会話に加わる。トリーシャはむっ、として、いいもん、とポジションに戻った。

「でも、結局のところ、あれってマグレっぽいんだよなぁ…」

 ぼそっ、とトリーシャに聞こえないように呟く。

「でも、あれ以降うたなくなったんだから結果オーライだろ」

 ポンとリュートの肩を叩いて、エルは持ち場に戻った。

 もし、あの超回転スパイクを打たれたら、今度は回転方向を見極めるかどうかは五分だ。だからこそ、挑発してでも打たせない方向にもっていかなくてはならない。

「いくよ」

 連続で得点したので、またローラのサーブから試合は始まる。ローラは手を下から上に振り上げた。

 また上空高く打ち上げると思ったのだが、ボールはそれなりの速度でネットギリギリを通った。

 不意を疲れたレシーバーのサイはボールを上げ損ねた。

「ルシード、頼む!」

「ちっ!」

 セッターのシェールへ向かうはずだったボールはルシードのポジションを越えてコートラインすら超えた。

 ルシードはそのままスライディングの要領で滑り込み、後ろ向きにボールを送った。

「まかせて」

 シェールがボールを前衛に落とされないように後衛にボールを打った。

「ピートっ!」

「だいじょうぶ」

「ルーティ、上げてくれ!」

「うん!」

 リュートは上がったボールを全体重をかけて振り下ろした腕を殺した。ボールに触れる瞬間にだけ力を殺いだのだ。羽毛のように触れられたボールは、ぽとっ、と落ちる。

「えいっ!」

 目の前にいたトリーシャに卑怯技は破られてしまった。トリーシャはリュートのスパイクを防ぐことは不可能と思ったのか、飛び上がらずにそのまま待ち構えていたのだ。

 そして、ちょうど良いところにリュートがボールを落とした。

「やるじゃん」

「ルシード君、準備はいい?」

 シェールがタイミングを見計らってボールを上げた。

「これで終わりだ!」

 ルシードが打ったスパイクはドムっ、という音とともにアレフを粉砕した。

 しかし、ボールはまだリュートチームのコートを漂っている。アレフは確かにボールを上げたのだ。最後の力を振り絞り。そしえ今は、スパイクの威力と激痛にコートに沈んでしまった。

「アレフ、安らかに眠れ…」

 リュートは右手で胸のあたりの十字を切った。

「よそ見しないでよ!」

「えっ?…わりい!」

 ルーティが折角上げてくれたトスを無駄にしてしまった。それでも咄嗟に相手コートにボールを戻せたのは身体能力と反射神経が発達しているおかげだろう。

「それっ!」

 そのボールをダイレクトにシェールは打ってきた。が、ルーティとリュートの壁を打ち破ることは出来ず、ボールは自分のコートに戻ってきた。

「落ち着いて」

 サイがボールをシェールに集める。

「うん、わかってる」

 シェールはトリーシャにボールを上げた。

 ここしかない。そう思ってトリーシャは渾身の力を全身に駆け巡らす。

「いっくよ。トリーシャ…」

 トリーシャがボールに向かって手を振り下ろそうとした時だった。影がトリーシャよりも早く動き出す。

「させるか!」

 リュートだ。ここにきてあの必殺技を発動させるわけにはいかない。トリーシャが打つ前に、こちらが先にボールに触れるのだ。

「ふみゃ」

 一瞬だった。

 勝負は一瞬だった。誰しもが、反応できなかった。

 いきなりメロディが踊り出て、スパイクをかっさらうなどという事態は。メロディはリュートとトリーシャよりも、先にボールに触れたのだ。

 トリーシャとリュートが手を振り下ろす寸前で、メロディが前衛に加わったのだ。

「やったのだ〜」

 メロディはスパイクを決めたことにご機嫌だ。そして、これで勝敗は決した。

「ま、オレがいるんだから当たり前じゃん」

 ビセットは得意そうに胸をはっている。で、その後ろからルシードにこつん、と頭を叩かれた。

「調子に乗るな」

 そういうルシードも、体を動かしてスッキリしたせいか、どこかほころんでいる。とげとげしさは微塵も感じられない。

「残念だったね、ローラ」

「酷いよ」

 ぷいっと顔を背けるので、移動するとまた顔を背けるローラに、サイは苦笑した。そして、ぎゅっと抱きしめた。

「う〜、くやしい〜」

 だんだん、と床に足を叩きつける。

「ま、しかたないさ。負けは負けだから」

 そんなピートを励ますようにエルが声をかける。

「だってさ、勝つって思ってんだんだ」

「ま、悔しかったら次で勝てば良いだろ?」

「そーだ。そうすりゃいいんだ。エルってあったまいいー」

「そりゃどうも」

 ピートはあっさりと納得して、虫の居所も良くなったようだ。でも、エルも少なからず悔しかったことには違いない。ピートほどではないにせよ。

「やっぱシェールが参加したのは悪いんだよ。バレー部なんだし」

 ルーティは恨みがましい目でネット越しにシェールを見ていた。

「そんなこといわれても、メンバーがいなかったんだからしかたないでしょ?」

「アレフが負傷した時に一緒にコートから出たら良かったでしょ」

 理屈は合っているが、時と場合による。バレーは六人でやるスポーツだ。そして、5人でバレーをしようとすれば、自ずと穴が出来てしまう。

 それにアレフも負傷しながらやるといったのだから、責められるいわれはない。

 シェールは困ったように黙ってルーティの言葉を聞いていた。

「アレフ、大丈夫か?」

 つんつん、と体を足でつつくが反応がない。ただの屍のようだ。

「勝手に殺すな…」

「お、生きていたか」

「お前も俺を殺すな」

「冗談だ。気にすんなよ」

「冗談にならんからいってんだ。マジでヤバイ」

 アレフの言葉の通り、アレフは満身創痍の状態だった。リュートは仕方なく脇からアレフを抱えると、そのまま引きずるように体育館を後にする。

 が……。

「ちょっとリュートさん」

 ビクっとして振り返ると、トリーシャが嬉しそうな笑顔でいた。

 リュートはやれやれという感じで、アレフをその場に捨ててポケットに手を突っ込んだ。

「……てめえ」

 ドサッ、と落とされたアレフはうつぶせの状態から上目遣いでリュートを睨む。リュートは気にしないようにいそいそと制服の内ポケットをまさぐる。

「忘れてたわけじゃないよ。ただ先にアレフを保健室に連れてったほうがいいと思って」

 そういう割にはアレフの扱いが雑だ。

「でも、約束は約束だよ」

「ま、負けちまったんだから仕方ないか……おーい、全員にジュース奢るぞ」

 リュートの言葉にアレフ以外の視線が一身に集まる。そして、ピートが真っ先にリュートの元へ駆け寄った。

「なあなあ、マジ?」

「当たり前だろ。みんな、ご苦労様」

 そういって数枚のお札を取り出した。

「悪いな」

「ありがとう」

「悪いね」

「ふみゃあ」

 そして、トリーシャにお金を渡して、

「じゃ、これで好きなもん買ってくれ。俺はアレフを連れてくから」

 アレフをまた抱えたが、トリーシャだけはまだリュートを放さなかった。

「まだあるでしょ?」

「ん……まだあったか?」

 記憶にない。しかし、リュートの言葉にトリーシャは激怒して、

「もう、忘れないでねっていったじゃない!」

「ゴ、ゴメン……」

 勢いに負けてリュートは素直に謝った。これ以上逆鱗に触れるのは賢い判断とはいえない。でも、トリーシャの勢いはまだ止まらない。

「ボクが勝ったらお父さんを説得してくれるっていったでしょ!」

「あ、そういやそうだった」

「じゃ、よろしくね」

 ポンっと、リュートの肩を叩くと、トリーシャは皆の輪の中に戻っていった。これからリュートとアレフ以外はジュースでも買いに行くのだろう。

「……さて、それじゃ行くか」

「説得って、お前まさか…」

 アレフが、シーラからトリーシャに乗り換えたんじゃと続けようとしたが、無限の殺気が針となってアレフを捉えていたので、唇を動かすことが出来なかった。

「何だ?」

「いや、なんでもない」

 いえば確実に殺される、そうアレフの生存本能が警告してくれる。

「そうか」

 そのままリュートはアレフを引きずって保健室に行った。

 保健室には先ほど運ばれたアルベルトに付き添いのクレア、それにディアーナと常連となっているルーがいた。

「ドクター、アレフを頼む」

 そういって空いているベッドにアレフをなるべく優しく投げた。




 「それにリカルドのおっさんを説得するのだって、命がけだったんだぞ」

「お父さん、厳しいから」

 トリーシャは笑っているが、冗談ではない。あの日の放課後、リカルド先生のところへ行き事情を説明すると、無言の威圧感に心臓を鷲掴みにされていた。

 もし、リュートがトリーシャの恋人であったのならば、その場で人生にピリオドを打たれていたのかもしれない。

 しかし、今までの事柄が功をそうしたのか、何とか命がある。しかも、トリーシャとの約束を果たすことも出来た。

「ったく、トリーシャも一緒にいてくれればよかったんだよ。そうすりゃ少なくとも俺が疑われずに済んだのに」

「ゴメンなさい。でも、約束は約束だったからね」

 トリーシャとの約束は思い出した。トリーシャが勝ったら、遊園地に新しく出来たアトラクションに連れて行ってほしいというものだった。本当ならリュートではなく友達らしい人と一緒に行くはずだったそうだが、相手の都合が急に悪くなったらし。

 更に、他の友達も予定が詰まっていて、たまたま珍しくリュートの用事がなかったからお願いしたそうだ。

「約束は守る、これが俺の主義だから気にするなよ。でも、ほんとは誰と来るつもりだったんだ?」

「え?……秘密だよ」

 トリーシャは言葉に詰まるが、すぐに何かを含んだ笑顔を浮かべる。その笑顔は、リュートも前に見たことがある笑顔によく似ていた。だから、そういうことか、と一人で納得した。

「ほら、もう休憩は終わりっ」

「うわっ、いきなり引っ張るな」

 トリーシャはリュートの左腕を取るとそのまま駆け出した。

(まだ、誰にも教えられないよ)

 トリーシャはそう心で呟いた。

 余談だが、この遊園地で別の物語があったことは、二人は知る由もなかった。

 

 

<FIN>

 


あとがき

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。(深々)
 この作品は、悠久組曲でバレーをしましたらどうなりますかと考えて作成しました。
 ですから、今回登場していないメンバーでやりましたら、今回の結果とは違うものになることでしょう。今回のメンバーでも、次がありましたらわかりませんが。

 悠久組曲の平和でほわほわした形を感じ取っていただき、尚且つ勝負の厳しさ(笑)を見ていただけましたのなら、本当に嬉しく思います。
 私が目指す悠久組曲のSSはそのようなものを目指しておりますから。特に平和でほわほわしたところを。
 今の私の実力でどれほど再現できていますかは怪しいですが、なるべく私の内面世界での出来事を復元できますように努力いたします。

 もしここは問題あるだろうということ等、批評や指摘がありましたら是非ご連絡下さい。


後編 版権物